伊藤舞(マラソン)のWIKI風プロファイル!父親も陸上競技関係者!?名伯楽・河野匡のWIKI

      2016/08/22

かつて、オリンピックで4大会連続でメダル獲得、しかも二連覇を含んでの偉業を成し遂げた日本女子マラソン。
2大会連続でメダルから遠ざかっており、国民の日本勢の表彰台復帰への期待は大きい、かなり大きい。

そんな多くの期待を集める中、3名の代表の座を最初に射止めたのが伊藤舞選手。

遅咲きのシンデレラに関して、
伊藤選手に関するスポーツ経歴、
陸上関係者との情報がある御尊父について、
そして、伊藤選手を育て上げた名伯楽・河野匡氏について
掘ってみた。




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伊藤舞選手の経歴

伊藤舞選手は奈良県奈良市出身。
小学校は奈良市立朱雀小学校
小学校時代は硬式テニスを2年間と、習い事として水泳を3~4年間。
低学年の頃から持久走が速く、3年生から市民マラソンに挑戦。
校内マラソンでは1番を獲れたのが2~3回、というから、実績からみても陸上へと進む環境が整っていたのであろう。

中学校は奈良市立平城東中学校に進学。
陸上部がなかったからバレー部へ。
創設したての部で、結果的は一度も勝てずに終了。

高校は京都橘高校へ。
伊藤舞選手曰く「そこそこ陸上の強い部がある高校。」ということで選んだそうだ。
この時期でも、陸上への思いはそれほど強くなかったようだ。
1500mと3000mの選手として活動した。
全国高校総体の京都府予選で6位、近畿インターハイで13位で終わり、全国大会の出場経験も無し。
大学への進学は「とりあえず。」レベルで考えていた程度で、
大学卒業後の進路に関しても、陸上を続けたいという強い思いは無かったようだ。
逆に考えると、その程度の意識で県上位レベルの記録を出すことの方がスゴイのかもしれない。

中学高校でも目立った活躍をしなかった伊藤選手だが、
大学進学をひかえた時期に、京都産業大学陸上部の伊東輝雄総監督に誘われ、京都産業大学に進むことになる。




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伊藤選手の父親も陸上関係者か

なんの実績も無かった伊藤選手が、
何故、西の強豪・京都産業大学を率いる名将・伊東輝雄総監督の目に誘われたのだろうか?
ちなみに、伊藤選手は伊東監督に、誘ってもらった理由を聞いたことがないそうだ。

伊藤選手の母方の祖父母は佐賀県に在住しておられ、伊藤選手は、佐賀を訪れると御尊父とジョギングに出かけるらしい。
その御尊父が、
元陸上選手の道郎氏。

伊藤道郎氏は、往年の800mの名ランナー。
現在、関西学生陸上競技連盟のコーチ、
奈良県にある天理大学陸上部のコーチ、
愛知県にある豊田工業高等専門学校の教授で有り、同校陸上部を全国レベルにまで育て上げた功労者。
大阪産業大学の兼任講師、
を努めていらっしゃる。

京都産業大学の陸上部総監督・伊東氏も、関西学生陸上競技連盟のコーチだ。
御両者とも高い指導力を持ち、陸上選手の育成に極めて熱心。
この線から、伊東監督が、伊藤舞選手を誘うことになったのではなかろうか。

京産大ではケガに泣かされた伊藤選手。
強豪京産大に集まる選手との地力の差は大きく、追いつこうとすればするほど、小さな体に負担が重くのしかかり故障してしまう。
名将・伊東監督の指導のもと、ケガの間もトレーニングに励み、結果にこそつながらなあかったものの、伊藤選手は自身の力が伸びていくのを強く感じていたそうだ。
その結果が大学4年でのインカレ1万メートル優勝だった。

卒業後は実業団デンソーへ入社。
しかし結果を出せず退社することになった。

もう一度新しい環境でやりなおしたい!
と走ることを切望する伊藤選手が目を付けたのが、名伯楽・河野匡氏が新しく創設する大塚製薬陸上部だった。
伊藤選手は、2009年に創設された大塚製薬陸上部の一期生として入部することになる。

名伯楽・河野匡のWIKI

河野匡(かわの・ただす)
生年月日:昭和35年9月10日
出身地:徳島県板野郡北島町
在住地:徳島県鳴門市里浦町
身長/体重:168cm/78kg
出身高校:徳島市立高
出身大学:筑波大~筑波大学院
実業団:雪印~大塚製薬
現役時代の競技種目:三千メートル障害
指導歴:犬伏孝行(シドニー五輪マラソン)、細川道隆(ヘルシンキ世界陸上マラソン)他多数

「名選手名監督ならず」を完全に粉砕する人物。
学生時代は選手として華々しい結果を残す。
インターハイでは1500m障害で高校新で優勝。
全日本インカレ3000m障害優勝、ユニバーシアード代表、箱根駅伝4年連続出場。
3000m傷害で日本選手権、アジア大会で優勝。
現役選手引退後、雪印で指導者となる。
指導者としては、マラソン未経験にも関わらず、多くのマラソン・トップランナーを育て上げている。

理論家で弁舌が立つ。人情家の一面も有り母校への愛校心も強い、壮年から日本陸上競技連盟の要職に就ける政治力も持っている、テレビやラジオでの国民へのPR力も高い、趣味のゴルフはシングルの腕前。
傍から見ると、パーフェクト超人である。

そんな河野氏は、自称”数多の失敗を経験してきた男”。
御尊父の教えに従い、多くのことを経験せんと挑戦してきたそうだ。
河野氏は47歳のときに、指導に活かすためと北京マラソンに挑戦している。

伊藤選手を始めてみたときの印象は「バネがあってリズムが良い。」
理論面からのアプローチと、根性論からのアプローチ。
弱気になることもあった伊藤選手を、巧みに指導しながら五輪選手にまで育て上げた。

河野氏の持論は、走りの要諦は技術論云々では無く

「走者の人生の背景とか生きざまが、経験の積み重ねによってどのように実を結んだかが重要な気がする。」

だそうだ。

まとめ

伊藤選手に関して掘ってみて、伊藤選手の最大の武器は、女性としては人間離れした脚力といわれたりするが、
私としては、良き指導者を見抜く目だと思う。

高校までは、卓越した知識と指導力を持ちながら、伊藤舞選手の自主性を優先し、優先しながらも上手に伊藤選手が陸上に打ち込める環境を整理してくれた御尊父・道郎氏のもとで育ち。
大学では、名将・伊東監督のもとで修業を積む。
実業団では名伯楽・河野氏のもとで鍛え上げる。

これほど優れた指導者に恵まれ続けた選手も少ないであろう。

復活が強く期待される女子マラソン。
強敵居並ぶリオ五輪ではあるが、苦労続きだった伊藤選手が三恩人と喜びの涙で抱き合うことが出来る結果があらんことを強く祈ってやまない。




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以上

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