フクヨナ(福万尚子・与猶くるみ)(バドミントン)の経歴は?組ませたのは誰?

      2016/09/05

2006年5月1日に、リオ五輪出場がかかったバドミントン・アジア選手権最終日で、同じ日本チーム・世界ランク1位の高橋礼華・松友美佐紀組に決勝で敗れ、リオ五輪出場権を得られなかった福万尚子・与猶くるみ組が奮闘している。

目の前の大きな夢が潰れても、頭を上げて前に進み続けるフクヨナ(福万尚子・与猶くるみ組)について掘ってみた。




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プロフィール

福万尚子
読み方:ふくまん なおこ
生年月日:1992年3月3日
出身地:大阪府大阪市
身長:157cm
体重:57kg
利き腕:右
世界ランク:(最高)8位
中学校:樟蔭東中学校
高校:樟蔭東高等学校
所属:パナソニック→ルネサス→再春館製薬所

戦歴
2005年:全国中学校大会 団体3位 ダブルス3位
2006年:国中学校大会 団体3位 シングルス準優勝
2008年:全日本ジュニア選手権 シングルス準優勝
2009年:高校選抜大会 シングルス 3位
    インターハイ シングルス3位 ダブルス3位。
wikipedeiaより

与猶くるみ
読み方:よなお くるみ
生年月日:1992年12月1日
出身地:愛知県豊明市
身長:167cm
体重:61kg
利き腕:右
中学校:刈谷市立刈谷東中学校
高校:岡崎城西高校
所属:パナソニック→ルネサス→再春館製薬所

戦歴
2009年:全日本ジュニア選手権 ダブルス優勝 シングルス4強
2010年:インターハイ ダブルス4強
     世界ジュニア選手権 ダブルス8強

フクヨナ(福万尚子・与猶くるみ組)
2011年に福万選手より1学年下の与猶選手がパナソニックに入社。
与猶選手の入社後、ペアを組む。
ペアになってから国際大会で、
優勝5回、準優勝4回、3位6回

福万・与猶両選手の学生時代の接点は確認出来なかった。
中高校時代に、戦った記録も確認できなかったが、同じ大会に出場していたことは有り、そこで面識があったかもしれない。

同じ会社に入ってから、すぐペアを組み、
そこからずっと一緒だ。

ちなみに、福万選手は与猶選手と組むまで何人かペアを変えている。
一方、与猶選手は学生時代、ずっと同じ選手とペアを組んでいる。
小学校から中学校に上がるときは、越境入学までして通学に苦労してまで、小学校時代にペアを組んでいた選手とペアを組んでいる。

移籍を重ねてもコンビを続けるくらいだから、どう見ても仲が良いし、二人の相性も良いのだろう。

2011年にパナソニックに入部後ペア結成なので、当時のコーチもしくは監督の指示であろう。

残念ながら、パナソニックのバドミントン部は休部のため、ペア結成当時のコーチ・監督を確認できなかった




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最後に

将棋の世界には故・米長永世棋聖が提唱した「米長哲学」というものがある。
「自分にとっては大した試合でなくても、相手にとって大切な試合なら、全力で勝ちに行く。」というものだ。
故・米長永世棋聖は、運気論的観点から提唱しだしたものだったと記憶する。
が、長い年月の中、
常にガチンコ勝負をするための理論的根拠に変化し、
その結果、ネットとの融合の成功もあるのだろうが、
常に真剣勝負の将棋界はの盛りあがりに繋がった。

フクヨナは、まさに「米長哲学」を食らった形だ・

非情に感じるが、バドミントン界の明日・将来を考えると、
対戦相手である高橋礼華・松友美佐紀組の行動は正しかったと思う。

負けても、前を向いて歩み続けるフクヨナの今後に幸あれ!




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