小池亜優(体操)のWIKI風プロフ!身長と体重!出身校が気になる!

      2016/08/30

小池 亜優(こいけ あゆ、1999年07月23日 - 18歳)は、日本の体操選手。埼玉県出身。埼玉県立戸田翔陽高等学校2年生(2016年8月現在)。戸田市スポーツセンター器械体操部所属。




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略歴


埼玉県川口私立慈林小学校卒、埼玉県戸田市立新曽中学校卒、埼玉県戸田市立翔陽高校在学中。

名門戸田市スポーツセンター体操部が運営するトダーズに所属。

小学4年生、全日本体操競技選手権大会 女子Bクラスに出場。結果は45位。
杉原愛子選手(同大会1位)、土橋ココ選手と(同大会3位)、河崎真理菜選手(同大会11位)、宮川紗江選手(同大会棄権)らと同学年にあたる。

小学5年生、
東日本ジュニア体操選手権大会 女子Bクラスに出場。結果は総合7位。種目別で段違い平行棒で優勝する。
全日本ジュニア体操競技選手権大会、女子Bクラスに出場。結果は総合8位。種目別で段違い平行棒で3位入賞する。

この時期までは、将来覇権を争う事になる全国の同世代の俊英達を後塵を拝しており、同じトダーズ内でも同学年メンバー2名に続く3番手の感が強くある。

小学6年生、戸田市スポーツセンター体操部所属で、
東日本ジュニア体操競技選手権大会 女子Aクラスに出場。中学生に混ざり、総合で5位。種目別でも平均台で5位に入賞する。
全日本ジュニア体操競技選手権大会 女子Aクラスに出場。総合で31位につける。種目別で平均台で4位。段違い平行棒で13位に入賞する。
杉原愛子選手が個人総合7位、宮川紗江選手が個人総合12位。

中学1年生、
全国中学生大会では、小池選手が通う入曽中学は団体優勝を果たす。

中学2年生、
全国中学生大会では、個人総合9位。
全日本ジュニア体操競技選手権大会で、総合29位。種目別では跳馬で4位。
同大会で宮川選手が8位、杉原選手が9位、土橋選手15位、河崎選手25位。同学年の俊英達の背中が見え始める。

中学3年生、
全日本ジュニア体操競技選手権大会で、総合4位。所属する戸田市スポーツセンターはチーム順位で1位に輝く。
杉原選手が1位、河崎選手が3位、土橋選手が7位。ここで初めて同学年の俊英達の一団の中に食い込む。
11月にはフランス女子国際招待に、宮川選手、河崎選手らと出場。個人総合では日本人選手最高位の7位、種目別では平均台で2位となる。

高校1年生、遅咲きの大輪の華、開花の年。
全日本ジュニア体操競技選手権大会では見事個人総合優勝。チーム順位でも所属する戸田市スポーツセンターが優勝。種目別でも跳馬の3位、平均台の4位など全種目で入賞。
宮川選手、河崎選手、土橋選手を抑えての1位だった。
初出場の全日本選手権でも個人総合13位に入賞。
インターハイでは、個人総合で見事2位、小池選手の通う戸田市立翔陽高校が団体優勝。種目別でも平均台1位の他全種目で入賞という快挙を成し遂げる。
NHK杯でも個人総合で19位につけるなど、大器の片鱗と小池選手の存在を一般の人にも十分にアピールする年となった。

そして高校2年生の現在。
第55回NHK杯では、個人総合8位。
第70回全日本体操個人総合選手権では個人総合6位。
日本女子体操界のトップの一人にまで成長している。
僅か数年前まで、同学年の早熟の天才達の背中を見ながら演技していたことが嘘のようだ。
インターハイでは当然のように個人総合優勝。戸田翔陽高校も貫禄の団体2連覇だ。




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身長・体重

身長は152cm、体重は不明。
つい最近ブレイクした選手であること、小池選手が一心不乱に練習をしているためからか情報が少なく、ネット上で体重を確認できなかった。

戸田市スポーツセンター器械体操部の育成力の高さの理由は?

小池選手が所属する戸田市スポーツセンター器械体操部。
小池選手が小中学生の頃には、小池選手より好成績を上げる選手が数名在籍し、小池選手より下の世代にも東京五輪の有力代表選手になりうるレベルの選手が存在している。
戸田市内を散策しても、特に体操に力を入れている街といった雰囲気は無い。
何故戸田市に、これほどもまで育成力の高いスポーツクラブがあるのだろうか?
戸田市スポーツセンター器械体操部の育成力の高さはどこにあるのだろうか?

それは指導員の質の高さが理由ではないかと考える。
指導員の中核は、創設者の菅原たか子氏と、その御令嬢の豊島リサ氏だ。
菅原氏はミュンヘンオリンピック代表。
豊島氏は旧姓が菅原氏、菅原リサ選手と言えば思い出す方も多いと思う。
1990年代に小菅麻里選手と死闘を繰り広げながら日本女子体操界を牽引した名選手だ。
豊島氏は小菅選手を抑え、アトランタオリンピックの日本代表になっている。

そのお二人が確固たる指導方針の定め、ぶれない強固な指導を施すことで、多くの名選手が育ってきたのだろう。

名選手が名指導者になった稀有な例であろう。

最後に

多くのスポーツで早熟の天才が次から次に現れる。
そんな中、早熟の天才に囲まれながら歯を食いしばって厳しい練習に耐えた小池選手が大成した事実には快哉を叫ばずにはいられない。

東京五輪の時期には21歳。

リオ五輪は僅差で代表の座を逃した小池選手が、4年後に最も華やかな場所で、最も煌びやかなメダルを獲得することを祈らずにはいられない。

以上

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